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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)196号 判決 1999年5月31日

東京都渋谷区代々木3丁目8番1-508

原告

小島政幸

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

浜勇

西野健二

田中弘満

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第3615号事件について、平成10年5月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年6月30日、名称を「波動を利用した自動揚水装置」とする発明につき特許出願をした(特願平4-210597号)が、平成8年2月20日に拒絶査定を受けたので、同年3月18日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成8年審判第3615号事件として審理したうえ、平成10年5月11日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年6月3日、原告に送達された。

2  本願明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

上下動可能に設けた浮沈体と、浮沈体の上下動を伝達する伝達機構と、浮沈体の下方に有って前記伝達機構に連結されて連動する上向きに設けたピストンと、このピストンを摺動可能に収容し、底部が開口したシリンダーと、シリンダーに連接され浮沈体の上下動域より高い位置に導かれた揚水管と、揚水管上部に設けられ揚水管端部が開口する貯水タンクとから成り、前記ピストンのヘッド部及び揚水管内には逆支弁を設けた構造であり、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比し狭小とした自動揚水装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願平1-46180号(実開平2-137570号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された考案(以下「引用例考案」という。)並びに周知の技術事項である「自動揚水装置において目的の機器として貯水タンクを設けること」、「ポンプ装置において、逆止弁を吸水管(吸気管)内、若しくはピストンのヘッド部、いずれかに選択して配置すること」及び「波動を利用した自動揚水装置において、ピストンのヘッド部に逆止弁を設けること」に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

1  審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例記載事項の認定、本願発明と引用例考案との一致点及び相違点の各認定並びに相違点1、2についての判断は認める。相違点3についての判断は争う。

審決は、本願発明及び引用例考案の技術事項を誤認して、相違点3についての判断を誤った結果、本願発明が引用例考案及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

2  取消事由(相違点3についての判断の誤り)

(1)  審決は、本願発明と引用例考案との相違点3である「本件発明(注、本願発明)は、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比し狭小としたとしているのに対して、引用例に記載されたもの(注、引用例考案)は、浮沈体の水平断面積に対しピストン及び揚水管の水平断面積を狭小とする点」(審決書7頁末行~8頁4行)について、「引用例には、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を狭小とする構成が記載されており、この点において、本件発明と引用例に記載のものとは構成上何ら相違しない。そして、本件発明の『所要揚水高さに逆比し狭小とした』点は、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないものである。(浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかは、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎない。)」(同9頁9~19行)と判断した。

しかしながら、引用例に、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を狭小とする構成が記載されていることは認めるが、本願発明の「所要揚水高さに逆比し狭小とした」点が、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないとの点、及び浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかが、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎないとの点は誤りである。

(2)  本願発明において、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比し狭小とした点は、式S0h0=S1H

S0:浮沈体の水平断面積

h0:揚水管を満水とするための、ピストンに加わる圧力を生ずる浮沈体の浮上残り高さ

なお、「浮沈体の浮上残り高さ」とは、波動の作用により浮沈体が浮上する際に、浮沈体と連結するピストンに加わる揚水重量のため、揚水高さに比例して浮上し得ない高さをいう。

S1:ピストンの水平断面積

H:揚水管高さ

で表される。この式は、本願発明による揚水装置を設計・製造するに当たり、本願明細書添付図面の図1と一体の欠くことのできない重要な特徴であり、利用価値が高く、これを用いることにより、損失水頭が極めて少なく、かつ、高所揚水が可能な、本願発明の波動を利用した自動揚水装置を設計・製造することができるものである。

これに対し、引用例には、所要揚水高さ、貯水量、浮沈体に対する波動のエネルギー授受の数値等について何らの記載もなく、また性能についての記載もない。引用例に、これらの事項について、具体的な開示や動機付けがされていない以上、当業者といえども、引用例に基づいて本願発明の揚水装置を構成することは不可能である。

また、特開平1-100384号公報(乙第1号証、以下「周知例1」という。)及び特開昭64-32073号公報(乙第2号証、以下「周知例2」という。)に、性能についての断片的な数値の記載があることは認めるが、エネルギーの授受、所要揚水高さ、貯水量等については具体的な開示がなく、示唆されてもいないから、これらの先行技術を考慮しても、当業者が引用例考案から容易に本願発明の構成を得ることはできない。

(3)  のみならず、揚水管の水平断面積とシリンダーの水平断面積との間に差がある(揚水管の水平断面積がシリンダーの水平断面積より小さい)と、流路の断面積が急に変わる箇所で生ずる渦流が発生するほか、揚水管中の揚水の速度が速くなって、速度の2乗に比例する摩擦抵抗が増大し、いずれも損失水頭を生じさせる原因となるが、本願発明の揚水装置は、シリンダーと揚水管の各水平断面積に差がなく、したがって、渦流が発生せずにスムーズに揚水が行われ、かつ、貯水時の揚水速度が遅いために摩擦抵抗が少なく、損失水頭が極めて少ないものとなっている。

これに対し、引用例考案の波動ポンプ装置は、シリンダーと送水管との間に断面積差があるため、送水管の送水速度が速くなり、また、流路の断面積が変わる箇所で渦流が発生して、損失水頭を生じさせ、これにより送水高さを妨げ、揚水効率低下を招くものであり、高所揚水装置としては実用価値の乏しい装置である。

なお、被告は、シリンダーと揚水管との断面積差のない構造であることは、本願明細書の特許請求の範囲の記載に基づかないもので失当であると主張するが、本願発明において、シリンダーと揚水管とに断面積差がないことは、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載内容からして明白であり、かかる技術事項に基づく本願発明は引用例考案と区別されるべきである。

(4)  以上のとおり、審決が、浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかは、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎないと判断したことは誤りである。

第4  被告の反論の要点

1  審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(相違点3についての判断の誤り)について

(1)  ピストンの断面積と揚水高さ(水頭)との関係について、例えば、周知例1には、「2個の直径の異ったピストンの直径比により、流量及び水頭が調節される。」(乙第1号証2頁左下欄18~19行)、「ポンプ流量及び水頭の調整には、流量と水頭の積がエネルギとして一定であり、波浪のエネルギそのものを増加させる必要がある。」(同3頁右上欄6~8行)、「流量よりも水頭が必要な時は、2個のピストン3、3’の表面積の比により調節する。」(同欄12~14行)、「流量と水頭の調整には、二個のピストン、シリンダの面積比をかえることにより、簡単に対応できる。」(同頁右下欄4~6行)との各記載があり、周知例2にも同様の記載があるところ、これらの記載によれば、

式1 SDPD=SSPS+損失

式2 SDPDL=SSPSL+損失

SD:大径ピストンの水平断面積

PD:大径ピストンが波動から受ける圧力

SS:小径ピストンの水平断面積

PS:小径ピストンから取り出される圧力

L:大径ピストン及び小径ピストンのストロークが成立する。

上記各式におけるPSは圧力水頭に対応するものであり、式2におけるSSLは流量に当たるところ、簡明とするため損失を考慮しないとすれば、大径ピストンの水平断面積SDが不変の場合(同じ条件の場合)、流量SSLは小径ピストンの水平断面積SSに比例し、圧力水頭は小径ピストンの水平断面積SSに逆比する。そして、揚水高さHは、圧力水頭に対応するものであるから、大径ピストンの水平断面積SDが不変の場合(同じ条件の場合)、小径ピストンの水平断面積SSに逆比することになる。

したがって、引用例考案において、浮沈体の水平断面積に対し、ピストンの水平断面積を「所要揚水高さに逆比し狭小とする」ことは、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないものであるから、審決が、「本件発明の『所要揚水高さに逆比し狭小とした』点は、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないものである。(浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかは、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎない。)」と判断したことに誤りはない。

(2)  原告は、本願発明の揚水装置が、引用例考案と異なって、シリンダーと揚水管の各水平断面積に差がなく、これにより、損失水頭が極めて少ないとの効果を奏すると主張するが、本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には、シリンダーと揚水管の各水平断面積に差がないことについて何らの記載もなく、原告の該主張は特許請求の範囲に基づかない主張であって失当であることが明らかである。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由(相違点3についての判断の誤り)について

(1)  引用例に、「本考案は、海水や海水中の資源を利用するために、海水を汲み上げるときに使用する波動ポンプ装置に関するものである。」(審決書3頁11~13行)、「次に本考案の波動ポンプ装置を第1、2図に示す一実施例により説明すると、・・・また同外筒(1)の内部には、フロート(2)が上下動可能に嵌装され、同フロート(2)の下面には、ピストン軸(3)が垂下状態に固定され、同ピストン軸(3)の下端部には、ピストン(9)が固定されている。また(5)が同ピストン(9)を取り囲むシリンダで、同シリンダ(5)が支持部材(6)を介して上記外筒(1)の内面に固定されている。また(4)が上記外筒(1)に取付け送水管で、同送水管(4)の下端開口部が上記シリンダ(5)のポンプ室(20)に開口している。また(7)が上記シリンダ(5)の外側に取付けた吸水管で、同吸水管(7)の上端開口部が上記シリンダ(5)内のポンプ室(20)に開口している。・・・(14)が上記シリンダ(5)の下端開口部に取付けシリンダフィルターで・・・また(11)が同吸水管(7)の上端開口部内に設けた逆止弁、(12)が上記送水管(4)の下端開口部内に設けた逆止弁、・・・フロート(2)の上下動を円滑に行うようになっている。次に前記第1、2図に示す波動ポンプ装置の作用を具体的に説明する。・・・この状態で、海面(17)が谷になると(低くなると)、フロート(2)とピストン軸(3)とピストン(9)とが下降して、海水が吸水管(7)→逆止弁(11)→シリンダ(5)内のポンプ室(20)へ流入する。また海面(17)が山になると(高くなると)、フロート(2)とピストン軸(3)とピストン(9)とが上昇して、ポンプ室(20)内の海水が逆止弁(12)→送水管(4)を経て目的の機器へ送られる。」(同3頁14行~5頁5行)の各記載があること、及び「引用例に記載された『フロート(2)』、『ピストン軸(3)』、『ピストン(9)』、『シリンダ(5)』、『送水管(4)』、『逆止弁(11)、(12)』、『波動ポンプ装置』は、それぞれ本件発明(注、本願発明)における『浮沈体』、『伝達機構』、『ピストン』、『シリンダー』、『揚水管』、『逆止弁』、『自動揚水装置』に相当する」(同6頁6~12行)ことは、いずれも当事者間に争いがないが、相違点3の認定に係るもののほか、引用例(甲第2号証)には、浮沈体の水平断面積に対するピストンの水平断面積が、所要揚水高さとどのような関係にあるかについての記載は見当たらず、この点に関する技術思想が明示されているということはできない。

しかしながら、周知例1(乙第1号証)には、「波浪取入部を有する潜函と、前記潜函に設けられたポンプ装置と、前記波浪取入部に設けられた波浪集合装置とを具えた波動ポンプにおいて、前記ポンプ装置は段付シリンダと、前記段付シリンダとの各シリンダに摺動自在に嵌装されかつ互いに連結された異径ピストンと、前記段付シリンダの大径側に設けられた波浪取入口と、前記段付シリンダの小径側に設けられた海水吸入口及び海水吐出口と、前記海水吸入口及び海水吐出口に接続された海水吐出管とに設けられた逆止弁とを具えていることを特徴とする波動ポンプ。」(同号証特許請求の範囲)が記載され、その発明の詳細な説明には、「本発明は波浪エネルギを利用して海水を高い所・・に給送する波動ポンプに関する。」(同1頁左下欄末行~右下欄2行)との記載、第1実施例として「第1図に於いて、1は潜函5に設けられたポンプ装置、12は潜函5の波浪取入口、6は波浪取入口12に設けられた波浪集合装置であり、ポンプ装置1は、段付シリンダ2、2’および異径ピストン3、3’より構成され、異径ピストン3、3’は、互いに軸4で連結固定され、小径ピストン3’は小径シリンダ2’、大径ピストン3は大径シリンダ2の内部にそれぞれ摺動自在に嵌装されている。小径シリンダ2’には、海水吸入口3a、海水吐出口3bが設けられ、吸入口3a及び吐出口3bとにそれぞれ海水取入管7および海水吐出管8を接続して設けられ、それぞれの取入管7、吐出管8に逆止弁9、10が取付けられている。なお、海水取入管7は、常に海面下に取入口が配置されている。・・・この様にしてフロートピストン3は、潜函5内に於いて、中空のフロートとして作用し、波浪集合装置6により増巾された波高によって上下運動を行う。」(同2頁右下欄5行~3頁左上欄7行)との記載、第2実施例として「第2図に於いて、ピストン3および3’を連結する軸4を中空軸とし、上部の小径シリンダ2’と下部潜函内部を連通せしめ、中空軸4の内部に海水吸入用逆止弁9を設ける。第1実施例と比較すると、外側の海水吸入管が不用となるので、構造が簡単になる。本装置の作用は、第1実施例と同様に、潜函内に導入された高波浪により、ピストン3、3’が上下運動を行う。」(同3頁右上欄16行~左下欄5行)との記載があって、これらの記載と図面第1、第2図とによれば、周知例1には、浮沈体(大径ピストン3)の上下動と連動するピストン(小径ピストン3’)を摺動可能に収容するシリンダー(小径シリンダ2’)と、シリンダーに連接される揚水管(海水吐出管8)とからなり、ピストンのヘッド部及び揚水管内に逆止弁を設け、浮沈体(大径ピストン3)の水平断面積に対しピストン(小径ピストン3’)の水平断面積を狭小とした自動揚水装置(波動ポンプ)が開示されているものと認められる。

しかるところ、周知例1(乙第1号証)には、さらに、「2個の直径の異ったピストンの直径比により、流量及び水頭が調節される。」(同号証2頁左下欄18~19行)、「ポンプ流量及び水頭の調整には、流量と水頭の積がエネルギとして一定であり、波浪のエネルギそのものを増加させる必要がある。」(3頁右上欄6~8行)、「また、流量よりも水頭が必要な時は、2個のピストン3、3’の表面積の比により調節する。」(同3頁右上欄12~14行)、「流量と水頭の調整には、二個のピストン、シリンダの面積比をかえることにより、簡単に対応できる。」(同3頁右下欄4~6行)との各記載があって、周知例1に記載された装置(波浪エネルギを利用して海水を高い所に給送する波動ポンプ)において、流量と水頭の積がエネルギとして一定であること、浮沈体(大径ピストン3)とピストン(小径ピストン3’)の直径比により流量及び水頭が調節されること、流量と水頭の調整には、浮沈体(大径ピストン3)、ピストン(小径ピストン3’)、シリンダの面積比を変えることにより対応できることが記載されているところ、これらの記載において、「水頭」が揚水高さを意味するものであり、「流量」がピストン(小径ピストン3’)の水平断面積に比例するものであることは、技術的に明らかであるから、周知例1には、波動ポンプの構造に関し、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比して狭小にするという技術思想が具体的に示されており、このことは、このような波動ポンプの設計に関して、技術常識に属するものと認められる。

そうすると、引用例には、前示のとおり、浮沈体の水平断面積に対するピストンの水平断面積が、所要揚水高さとどのような関係にあるかについて明示されてはいないが、このような技術思想を当然の前提としているものといわざるを得ない。

原告は、引用例に、所要揚水高さ、貯水量、浮沈体に対する波動のエネルギー授受の数値等について何らの記載もなく、また性能についての記載もないから、当業者が引用例に基づいて本願発明の揚水装置を構成することは不可能であると主張する。しかし、引用例に、浮沈体に対する波動のエネルギー授受、所要揚水高さ、貯水量等に関する具体的な数値ないし算出方法の記載がないのは、前示のとおり、それが技術常識に属することであって、あえて記載するまでもなかったことによるものと解するのが相当であり、かつ、当業者において、該技術常識に基づき、引用例に開示された技術事項に従って、所要揚水高さが得られる浮沈体とピストンの水平断面積比を求めることは容易になし得るものと認められるから、原告の該主張は失当である。

(2)  原告は、本願発明の揚水装置が、シリンダーと揚水管の各水平断面積に差がないことにより、渦流が発生せず、かっ、貯水時の揚水速度が遅いために摩擦抵抗が少なく、損失水頭が極めて少ないものとなっているのに対し、引用例考案が、シリンダーと送水管との間に断面積差があるため、損失水頭を生じさせると主張する。しかしながら、平成5年4月30日付手続補正書による補正後の本願明細書(甲第8号証)の特許請求の範囲1項(前示争いのない本願発明の要旨と同じ。)には、シリンダーと揚水管の各水平断面積に差がないことはもとより、揚水管の水平断面積につき、シリンダーの水平断面積との関係において何らの限定もなされていないから、原告の該主張は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない(なお、本願発明の要旨に、揚水管の水平断面積についての限定がなされていないことに伴って、本願発明と引用例考案との相違点3も、本来、揚水管の水平断面積を内容に含むべきものではなかったのであるから、審決が相違点3についての判断において、揚水管の水平断面積について言及したこと自体が、そもそも不相当であったものというべきである。)。

(3)  したがって、審決が、相違点3についてした「本件発明の『所要揚水高さに逆比し狭小とした』点は、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないものである。(浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかは、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎない。)」との判断は、揚水管の水平断面積について言及した点を除き誤りはなく、また、その点も、結局、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかである。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第3615号

審決

東京都渋谷区代々木3丁目8番1代々木コーポラス508

請求人 小島政幸

平成4年特許願第210597号「波動を利用した自動揚水装置」拒絶査定に対する審判事件(平成6年1月25日出願公開、特開平6-17742)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1.手続の経緯・本件発明

本願は、平成4年6月30日の出願であって、その請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、平成4年7月21日付け、平成4年9月14日付け、平成5年3月10日付け及び平成5年4月30日付けの手続補正書によつて補正された明細書、及び出願当初の図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。

「上下動可能に設けた浮沈体と、浮沈体の上下動を伝達する伝達機構と、浮沈体の下方に有って前記伝達機構に連結されて連動する上向きに設けたピストンと、このピストンを摺動可能に収容し、底部が開口したシリンダーと、シリンダーに連接され浮沈体の上下動域より高い位置に導かれた揚水管と、揚水管上部に設けられ揚水管端部が開口する貯水タンクとから成り、前記ピストンのヘッド部及び揚水管内には逆止弁を設けた構造であり、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比し狭小とした自動揚水装置。」

(なお、請求項1には「慴動」と記載されているが、「慴動」は「摺動」の誤記と認め、本件発明を上記のように認定した。)

2.引用例

一方、原査定の拒絶の理由に引用された実願平1-46180号(実開平2-137570号)のマイクロフィルム(以下、「引用例」という。)には、その明細書第1頁第17~19行の『本考案は、海水や海水中の資源を利用するために、海水を汲み上げるときに使用する波動ポンプ装置に関するものである。』なる記載、同明細書第4頁第16行~第7頁第8行の『次に本考案の波動ポンプ装置を第1、2図に示す一実施例により説明すると、・・・また同外筒(1)の内部には、フロート(2)が上下動可能に嵌装され、同フロート(2)の下面には、ピストン軸(3)が垂下状態に固定され、同ピストン軸(3)の下端部には、ピストン(9)が固定されている。また(5)が同ピストン(9)を取り囲むシリンダで、同シリンダ(5)が支持部材(6)を介して上記外筒(1)の内面に固定されている。また(4)が上記外筒(1)に取付け送水管で、同送水管(4)の下端開口部が上記シリンダ(5)のポンプ室(20)に開口している。また(7)が上記シリンダ(5)の外側に取付けた吸水管で、同吸水管(7)の上端開口部が上記シリンダ(5)内のポンプ室(20)に開口している。・・・(14)が上記シリンダ(5)の下端開口部に取付けシリンダフィルターで・・・また(11)が同吸水管(7)の上端開口部内に設けた逆止弁、(12)が上記送水管(4)の下端開口部内に設けた逆止弁、・・・フロート(2)の上下動を円滑に行うようになっている。次に前記第1、2図に示す波動ポンプ装置の作用を具体的に説明する。・・・この状態で、海面(17)が谷になると(低くなると)、フロート(2)とピストン軸(3)とピストン(9)とが下降して、海水が吸水管(7)→逆止弁(11)→シリンダ(5)内のポンプ室(20)へ流入する。また海面(17)が山になると(高くなると)、フロート(2)とピストン軸(3)とピストン(9)とが上昇して、ポンプ室(20)内の海水が逆止弁(12)→送水管(4)を経て目的の機器へ送られる。このとき、ポンプ室(20)が海水中にある上に、・・・空気吸い込みが起こらない。』なる記載、及び第1、2図の記載内容等からみて、

「上下動可能に設けたフロート(2)と、フロート(2)の上下動を伝達するピストン軸(3)と、フロート(2)の下方に有って前記ピストン軸(3)に連結されて連動する上向きに設けたピストン(9)と、このピストン(9)を摺動可能に収容し、底部が開口したシリンダ(5)と、シリンダ(5)に連接されフロート(2)の上下動域より高い位置に導かれた送水管(4)と、送水管(4)上部に設けられ送水管(4)端部が開口する機器とから成り、吸水管(7)及び送水管(4)内には逆止弁(11)、(12)を設けた構造であり、フロート(2)の水平断面積に対しピストン(9)、送水管(4)の水平断面積を狭小とした波動ポンプ装置。」

が記載されているものと認められる。

3.対比

本件発明と引用例に記載されたものとを対比すると、引用例に記載された「フロート(2)」、「ピストン軸(3)」、「ピストン(9)」、「シリンダ(5)」、「送水管(4)」、「逆止弁(11)、(12)」、「波動ポンプ装置」は、それぞれ本件発明における「浮沈体」、「伝達機構」、「ピストン」、「シリンダー」、「揚水管」、「逆止弁」、「自動揚水装置」に相当する。

また、引用例に記載された「機器」と、本件発明における「貯水タンク」とは、「目的の機器」である点で共通する。

したがって、両者は、

「上下動可能に設けた浮沈体と、浮沈体の上下動を伝達する伝達機構と、浮沈体の下方に有って前記伝達機構に連結されて連動する上向きに設けたピストンと、このピストンを摺動可能に収容し、底部が開口したシリンダーと、シリンダーに連接され浮沈体の上下動域より高い位置に導かれ左揚水管と、揚水管上部に設けられ揚水管端部が開口する目的の機器とから成り、前記揚水管内には逆止弁を設けた構造であり、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を狭小とした自動揚水装置。」

である点で一致しており、以下の点で相違している。

相違点1

目的の機器が、本件発明は、貯水タンクであるのに対して、引用例に記載されたものは、機器とされる点。

相違点2

本件発明は、ピストンのヘッド部及び揚水管内に逆止弁を設けた構造であるのに対して、引用例に記載されたものは、吸水管(7)及び揚水管内に逆止弁を設けた構造である点。

相違点3

本件発明は、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を所要揚水高さに逆比し狭小としたとしているのに対して、引用例に記載されたものは、浮沈体の水平断面積に対しピストン及び揚水管の水平断面積を狭小とする点。

4.当審の判断

上記相違点1~3について検討する。

相違点1について

自動揚水装置において目的の機器として貯水タンクを設けることは、周知の技術事項(本願明細書で従来の技術として引用される特開昭62-248876号公報、特開平3-23384号公報の第5図、参照。)であるから、引用例記載の「機器」を「貯水タンク」とする程度のことは、必要に応じて当業者が容易に想到し得ることにすぎない。

相違点2について

ポンプ装置において、逆止弁を吸水管(吸気管)内、若しくはピストンのヘッド部、いずれかに選択して配置することは、周知の技術事項であり、しかも波動を利用した自動揚水装置においても、ピストンのヘッド部に逆止弁を設けることが、周知の技術事項(特開平3-23384号公報の第8図従来例、参照。)であるから、引用例記載のものにおいて、吸水管及び揚水管に逆止弁を設けるのに代えて、ピストンのヘッド部及び揚水管に逆止弁を設けるように構成することは、必要に応じて当業者が容易に想到し得ることにすぎない。

相違点3について

引用例には、浮沈体の水平断面積に対しピストンの水平断面積を狭小とする構成が記載されており、この点において、本件発明と引用例に記載のものとは構成上何ら相違しない。

そして、本件発明の「所要揚水高さに逆比し狭小とした」点は、揚水装置を製造するに当たっての設計事項にすぎないものである。(浮沈体の水平断面積に対し、ピストンや揚水管の水平断面積をどの程度の値に設定するかは、所要揚水高さ等を考慮して当業者が適宜選択することにすぎない。)

5.むすび

したがって、本件発明は、引用例に記載されたもの及び周知の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年5月11日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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